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クロワッサンを発明したのは誰?

クロワッサンの始まりは、三日月形のオーストリアのパン、キプフェルです。1838年にアウグスト・ツァンがパリへ持ち込み、パン職人がパイ生地で作るようになってフランスのパンになりました。

クロワッサンパン屋さんのクロワッサン250kcal
白いお皿のクロワッサン

ウィーンから来た三日月

パリよりずっと前から、キプフェル、キプフルとも書くパンがありました。オーストリアの三日月形の焼き菓子で、バターかラードをたっぷり使い、砂糖やアーモンドが入ることもあります。とても古いパンです。1227年の詩には、ウィーンのパン職人たちがレオポルト公に贈ったクリスマスのごちそうのひとつとして出てきます。形も考え方も、何百年も前からあったわけです。まだなかったのは、かじるとパリッと崩れる、軽くて薄い層でした。

二つの有名な伝説

いちばん有名な話では、1683年のウィーン包囲でオスマン軍に勝ったお祝いに、ウィーンのパン職人が三日月形のパンを作ったとされます。形はオスマン帝国の旗の月をまねたというのです。けれど1227年の詩を見れば、このパンはずっと古いので、この話は成り立ちません。もうひとつ、ウィーンを恋しがったマリー・アントワネットがフランスに持ち込んだという伝説もあります。研究者のジム・シュヴァリエが調べましたが、その証拠も見つかりませんでした。1850年ごろより前のフランスで、クロワッサンについて書かれたものは見つからなかったそうです。

リシュリュー通りのパン屋

手がかりは、オーストリアの実業家アウグスト・ツァンにつながります。1838年、彼はパリの右岸、リシュリュー通り92番地に、パリで最初のウィーン風パン屋を開きました。彼は売るのがうまい人でした。新聞に広告を出し、ショーウィンドウを丁寧に飾ったので、パリの人たちはウィーンのパンやカイザーロール、キプフェルを買いに来ました。ツァンはのちにオーストリアへ戻り、国で最初の日刊紙を創刊し、銀行と鉱山の仕事で財を成しました。

フランスのパンになるまで

フランスのパン職人たちはこの三日月をまね、形からcroissantと名づけました。そして中身を変えます。シュヴァリエの説明はシンプルです。クロワッサンはオーストリアのキプフェルとして始まったけれど、フランスの発明であるパイ生地で作られた瞬間にフランスのものになった、と。1870年代には、パリで知られる存在になっていました。チャールズ・ディケンズは1872年と1873年の訪問のあと、婦人の私室のテーブルにある上品なクロワッサンについて書いています。ブリタニカによると、今のようなクロワッサンのレシピが初めて登場したのは1906年です。

20世紀のスター

クロワッサンは、多くの人が思うよりずっと若いパンです。ブリタニカは、その爆発的な人気を20世紀の出来事と呼んでいます。今ではフランスの朝ごはんの象徴なのに、その歴史のほとんどは、オーストリアにルーツを持つパリの目新しいパンだったわけです。今の一般的なクロワッサンは、パン屋のカウンターに並ぶ中くらいのもの1個。生地にバターを折り込み、何度ものばしてたたむので、焼くと薄くてサクサクの層になります。その層こそがクロワッサンのすべてで、昔のキプフェルにはなかった部分です。

出典

Smithsonian Magazine, Is the Croissant Really French?Encyclopaedia Britannica, Croissant

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